- 2026年3月22日 川口芳一長老
タイトル:『信仰の戦い』
聖 句 :出エジプト記 17章8節 ~ 13節
私たち人間にはアダムとエバ以来、神様に従う事のできない肉の思いの性質が備わってしまいました。それを罪と言いますが、信仰生活の中ではその罪との戦いがあります。私たちは努力などではなく、神様の一方的な愛によって救われました。この恵みの中で生かされつつも、強い意志を持って信仰生活を歩む事は大切です。パウロも自分の身体を打ちたたいて服従させます。(第Iコリント9章)と仰っています。出エジプト記17章では、イスラエルがレフィディムに宿営した時のアマレクとの戦いが書かれています。その時、モーセはヨシュアに幾人かの男の人たちを選びアマレクと戦いなさい。私はアロンとフルと共に丘の頂に登ると言いました。頂でモーセの祈りの手が上がっている時は、イスラエルが優勢になり、祈りの手が下るとアマレクが優勢になりました。これはアマレクの先祖がエサウである事に関係があります。昔、ヤコブがエサウに長子の権利を私に売って下さいと言いました。お腹がすいていたエサウは簡単に長子の権利をヤコブに売ってしまい、神様の祝福を侮りました。その事から、アマレクは肉の思いの象徴として存在しました。私たちもアマレクのように信仰の中で肉の思いに襲われる事があります。また、信仰生活にはサタンとの戦いもあります。サタンは多様な情報やさまざまな方法で私たちの心に色々な思いを入れていきます。その中でパウロはイエス・キリストのことを心に留めていなさい(第Ⅱテモテ2章)と仰っています。ですから、このような戦いの中で私たちはいつもイエス様の十字架を見上げ歩んでいく事が大切になります。文責:吉田 愛子
- 2026年3月15日 角和正義牧師
タイトル:『生けるいのちのことば』
聖 句 :ペテロの手紙 第一 1章23節
「食べる」ということは『生きる』という意味を含んでいます。私達は大きな困難に遭うと心が病んでしまいます。肉体的には食物によって生かされてはいても精神的には死に向かっていきます。心にも命の糧が必要なのです。人は生まれながらに罪を背負っています。罪が赦され、新しく生きることを『新生』といいます。ニコデモに対して、イエス様はこう仰いました。「人は水と御霊によって新しく生まれなければ神の国を見ることはできません」(ヨハネの福音書3-3) 御霊はイエス様を心の内にお迎えした時に宿ってくださる聖霊様です。水とは聖書の御言葉です。御言葉を信じて受け取るならば浄められて新しく生まれ替わります。御言葉の種がまかれると、それは心の内に新しい命の実を結びます。エデンの園には、善悪の知識の木と命の木とがありました。御言葉を読むのだけではなく、食すと生きる者となります。多くの人々はそのことに気付かずに通り過ぎてしまいます。イエス様は私達と共に歩んでくださいます。時には疲れ果てた私達を抱きかかえてまで天の御国に連れて行ってくださいます。 生けるいのちのことばである聖書の御言葉を味わい、受け止めましょう。イエス様が手を引き、聖霊様が後押しをしてくださいます。ハレルヤ アーメン
文責 仲平 滋
参考聖句:ヨハネ3:35 エペソ5:26 Ⅰペテロ1:22 創世記3:22
- 2026年3月8日 角和正義牧師
タイトル:『再臨の徴(しるし)』
聖 句 :マタイの福音書24章35節~39節 テキストマタイ24:35~51
聖書を見ていくとイエス様の再臨は二回あるとされています。一回目は空中再臨で教会を迎えに来られます。すでに亡くなった方が先に天にあげられ、続いて私たちも空中に引き上げられ、いつまでも主とともにいると、第一テサロニケ4章に書かれています。しかしその時はいつかはわかりません。2回目は地上再臨でゼカリア書14章に書かれています。その時期は聖書の預言を見ればわかります。イエス様が空中再臨された後に7年間の大患難時代があり、その最後に世界の最終戦争が起こります。そのことによりイスラエルが滅びそうになった時に、イエス様が来られます。最初の再臨の時期はわかりませんが、教会を迎えに来られる時は世界で起こっている戦争や災害、天候異変などでその時期が近づいていると感じます。地上再臨されるときの世界の動きがエゼキエル書38章1節から6節に預言されています。内容を説明するとロシアとその同盟国イラン、エチオピア、北アフカのアラブ諸国、ドイツ、ポーランド、チョコスロバキア、南ロシアが一軍になってイスラエルを攻めてくると見ることができます。神はすべてそのご計画によって罪が満ちる時期を定めています。大患難時代の最後にイエス様が地上再臨され悪を打ち破り、地上を治めます。今のイランとイスラエルで起こっていることを見ると、このような預言に向かっているように思えます。終末時代にいる私たちは多くの方へ福音を伝えることができるように祈りましょう。
文責:片岡 哲郎
参考聖句:1テサロニケ4:16~15 5:1~2 ゼカリヤ14:4 エゼキエル38:1~6 ヨハネ16:13
- 2026年3月1日 角和正義牧師
タイトル:『聖霊に導かれる人生』
聖 句 :ヨハネの福音書16章13節~14節 テキスト15:26~16:15
イエス様は「私は去って行く」と言われました。その理由も語りました。イエス様が去って行くことで聖霊が来られるので、それは素晴らしいことですが、弟子たちは悲しみで一杯で、何が起ころうとしているのかを冷静にしっかりと受け留める状況ではなかったのです。(ヨハネ16:5,6)。問題や苦しみの中に神様の御計画が隠されていることがあります。それをどうやって見つけていくかが私たちのクリスチャンライフです。聖霊が働いてくださると、人々に罪を示し、また義を啓示し、またさばきも教えてくれます(ヨハネ16:8)。1.「罪」とはギリシア語でハマルティアと言いますが、これは「的はずれ」という意味です。神の許に戻らなければ、私たちは本来の歩みをすることができません。2.「義」とは正しいと認められたことです。あなたは既に赦され、神と和解をしたという意味です。神様と和解しない限り、私たちの本当の平和は来ません。3.最後は「さばき」です。私たちは一度死ぬことはよくわかっています。これと同じように死後にさばきを受けることも聖書によれば、明白な事実です(ヘブル9:27)。聖霊はあなたを真理への導いてくださいます(ヨハネ16:13)。日々聖霊の導きを求め、自らを委ねていきましょう。 文責:川村 則之
- 2026年2月22日 角和正義牧師
タイトル: 『私は弱いときにこそ、私は強い』
聖 句 : コリント人への手紙 第二 12章9節 ~ 10節
パウロは神様から特別な体験を頂きました。それは素晴らしい出来事だったにも拘らず、パウロは名を伏せて聖書に書き記しました。ユダヤ人は天を3つに区分していました。①鳥などが飛んでいて、私たちが見ている空は第一の天です。②月や星がある宇宙の事は第二の天です。③神様がいるパラダイスが第三の天です。そのパウロは第三の天まで引き上げられ、特別な体験をしたのです。それは、これからパウロにつらい事が待ち受けている事への神様からの励ましのようでもあります。そして、その体験があってもパウロは決して誇る事をしませんでした。また、高慢にならないためにパウロ自身の肉体に一つの棘が与えられました。それが肉体に刺さっているというそれほど大きな苦痛をパウロは伴っていました。パウロはこの苦痛を取り除いて下さいと主に三度、祈りました。しかし、癒される事はありませんでした。それは、パウロが高慢にならないように神様の栄光を現すためのものだからです。なぜなら自分の弱さにキリストの力が覆う事によって、神様の栄光の輝きが現れるからです。パウロのように自分の弱さを勇気を持って神様に明け渡す事によって、神様の力の偉大さを示す事ができるようになるのです。
文責:吉田 愛子
- 2026年2月15日 角和正義牧師
タイトル:『思い煩いを、いっさいゆだねなさい。』
聖 句 : 創世記13章9節 ~ 11節 テキスト:創世記13:5~17
私達の人生には時として想定以上の出来事が起きることがありますが、全ては主の御手に委ねられています。人間は、何が善で悪かということよりも損得を前面に置いて選択してしまうことがあります。自分の前に選択権が与えられた時に、主の御前に委ねていく祈りの心を持ち続けていたいものです。神様の導きを求めるならば、必ず神様は祝福を与えてくださいます。自分の選択を怖れたり、不安に思うことがあります。その際は御言葉に従いましょう。主の御前に立って、御言葉を読む。肉の眼だけで読むのではなく、祈りの心を持って御言葉に触れることが大切です。全ては主の御手の中にあるので、思い煩いは神様にゆだねましょう。神様はいつでも私達のことを心配し、愛に満ちた眼差しで私達を見守っていてくださっています。そして、赦しと癒しの御手を差し伸べてくださいます。肉の想いに縛られて誤った選択をしてしまったロトに対しても神様は慈愛の御手を差し伸べられました。神様は私達の弱さも愚かさも全てご存知です。聖書の御言葉を読み、素直に従うことで神様は私達に最善の道を示してくださいます。思い煩うことは何もありません。いっさいを神様にゆだねましょう。神様が祝福の道を備えてくださいます。
文責 仲平 滋
参考聖句:マタイ6:31,33 Ⅰペテロ5:6~7
- 2026年2月8日 角和正義牧師
タイトル:『光、あれ。』
聖 句 : 創世記1章3節、ヨハネの福音書1章1節~5節、9節
神は永遠の昔からおられ、ことばによって天地と光を創造されました。そのことばには力があります。すべてのものは神によって作られました。ヨハネ1章には「初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」とあります。私たちは山をも動かすことができる神を信じています。その神に祈るとき、聖書のちからあることば通りに成してくださいます。聖書のことばは神のことばです。ヨハネはヨハネ1章9節で「すべての人を照らすそのまことの光が、世に来ようとしていた。」と言っています。このお方がイエス様です。ヨハネ10章10節でイエス様は「羊たちがいのちを豊かに得るため」とあります。イエス様が語ることばは、神のことばとして力と権威があります。そのことばによってイエス様が御業を成す箇所の一つにルカ7章11節があります。イエス様一行がナインという町に行かれた際に、悲しみに満ちた一行に出会いました。やもめの一人息子がなくなり、担ぎ出されている行列でした。イエス様はそれをみて深くあわれみ、その母親に「泣かなくてもよい」と言われました。そして棺にふれ「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われ、彼は生き返りました。「光、あれ。」と同じく力あるイエス様のことばは、必ず成すことができます。聖書にあるたくさんのことばを自分自身に対することばとして受け止めることが重要です。その与えられたことばを信じ、祈ることにより聖霊様の助けを受け、導かれていきましょう。
文責:片岡 哲郎
- 2026年2月1日 角和正義牧師
タイトル:『感謝する心』
聖 句 : コロサイ人への手紙 3 章 15 節 ~ 17節
感謝の心を表す言葉として一番ポピュラーなのは「ありがとう」です。このたった5文字の言葉が人生を大きく変えることがあります。アイザック・ウォルトンという作家がこのように言いました。「神には二つの住まいがあります。一つは天国に。もう一つは感謝に満ちた心の中に。」 主も感謝に満ちた心を求めておられます。感謝の言葉と同時に、大切なのは感謝の言葉を発する心です。(Ⅰサムエル16:7、マタイ6:21)すべての源は神です。人生のあらゆる出来事は神の御手の中にあります。すべての恵みは神から与えられています。感謝とは神からいただいた恵みに対するお礼です。聖歌642番は「数えよ主の恵み、数えよ主の恵み、数えよ一つずつ、数えてみよ主の恵み」と歌っています。いただいた恵みに対して感謝することが礼拝です。
文責:川村 則之
- 2026年1月25日 ベアンテ ボーマン先生
タイトル:『驚くべき恵み』
聖 句 : エペソ人への手紙 2 章 1 節 ~ 10節
エペソ人への手紙2章はクリスチャンとクリスチャンではない人の心の働きについて書かれています。そこではエペソの信者たちにパウロはイエスを信じる前はどのような状態だったかを語っておられます。まず、イエス様を信じる前は身体は生きているのに、霊的には死んでいる状態だったと言っています。その問題点は3つあります。①この世の流れに従って歩んでいる事です。それは流行の考えによって生きているという事です。または、その国の文化によって生きる事です。文化や哲学は時代によって変わっていきます。しかし、真理は変わりません。ですから、クリスチャンは御言葉に立ち返って生きていく事が大切です。②目に見えない霊的な力についてです。この目に見えない力が目に見える世界を支配しています。イエス様も偽預言者には気をつけるようにと聖書で仰っています。③イエス様を信じる前は肉の欲のままに生きていた事です。自分の欲望を優先した生き方でした。イエス様はこの全ての心の暗闇から解放して、自由にして下さいます。そして、イエス様から大きな愛が注がれ、恵みを与えてくださいます。イエス様が一人一人を変えて下さいます。このイエス様に感謝して歩んでまいりましょう。
文責:吉田 愛子
参考聖句:コロサイ2:8 エペソ6:12 Ⅱテモテ3:1~2
ヤコブ4:1 ローマ8:33~34 Ⅰヨハネ4:9~10
- 2026年1月18日 角和正義 牧師
タイトル:『私たちの心は内で燃えていた』
聖 句 : ルカの福音書 24章32 テキスト:ルカ24:13~35
エルサレムでの出来事について論じ合っていた二人の弟子の心は冷え切っていました。イエス様は彼らと共に歩きながら、二人に聖書を解き明かされます。霊的不信仰に陥っていた二人の目にはイエス様が見えませんでした。食卓につき、イエス様がパンを裂かれ渡された時にはじめて彼らの目は開きました。そして、イエス様の話を聞き、共に歩いていた時に自分らの心は内で燃えていたことに気付きます。食事して摂った栄養素が分解される時に身体が温まります。二人の弟子たちはイエス様が十字架にかけられたことのみによって聖書に従順ではなくなっていました。従順とは素直に正しく従うことです。そうはさせまいとサタンが妨害してきます。エデンの園でアダムとエヴァに蛇が囁きかけたように。御言葉に従順に従うなら神様の祝福が与えられます。イエス様を信じることで救いが与えられます。聖書に従順ならば神様のご計画のもとに大いなる恵みがいただけます。霊的に聖書を食すと心が温かくなります。自分の感情だけではなく、神様の御言葉に従順に従って神様を見上げる時に神様は癒しの眼差しで私達を見詰めてくださいます。そして、私達は心地よい温かさに包まれます。
文責 仲平 滋
- 2026年1月11日 角和 正義 牧師
タイトル:『神のご計画の歯車として』
聖 句 : ローマ人への手紙 8章28節
本日は神のご計画の歯車についてお話します。最初に歯車の重要性を腕時計の歯車の分解図で解説します。腕時計の中を見ると様々な歯車があり、それぞれ違った動きをします。互いに連動しながら時を刻んでいます。腕時計が動くためにはネジを巻いてゼンマイを巻き上げ、そのゼンマイの反動を各歯車が連動し、規則正しく時計を正確に動かしています。歯車が一つでも動かないと時計の役目が果たせません。歯車の役割は時を正確にあらわすことで、とても重要なことがわかります。私たちは神のご計画の歯車の一部なのです。その歯車が神の御心の通りに動くことができるならば、神の栄光があらわされていきます。私たちは神の御心の歯車でありたいと願います。しかしローマ人への手紙8章5節から13節では二つの歯車があると書かれています。神の御霊の歯車と肉の歯車です。私たちが肉の歯車よって、正しい思いができない時があります。しかしその時に、さらにもう一つの歯車が働きます。それは摂理の歯車です。それは神を愛する者への神からの継続的な守りと導きで、私たちが気付かないところで働いています。摂理の歯車が私たちを神のご計画に従って動かしてくれます。ローマ8章28節のすべてのことがともに働いて、とは神の摂理の歯車が働くことです。益になるとは神のご計画に対しての益です。この霊的な働きには、神の憐れみと祝福があることを示しています。御霊の力を頂き、神のご計画の歯車として働いていきましょう。
文責:片岡 哲郎
- 2026年1月4日 角和正義 牧師
タイトル:『通りよき管』-わたしの霊によって
聖 句: ゼカリヤ書4章6節『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の主は言われる。
ゼルバベルはダビデの家系の指導者で、「バビロン捕囚」からの第1回目の帰還の時のリーダーです。彼の役目は神殿の再建でした。紀元前606年にバビロンによってエルサレムは完全に滅ぼされ、その時ソロモン王の時に建てられた第一神殿は壊されてしまいました。しかし神は約束通り70年経った時に奇跡的に他の国の王を使って神殿再建のために帰っていいという勅令を出しました。ゼルバベルは神殿再建を始めましたが、まわりの妨害にあって再建をすることができず、16年間もその働きに従事できませんでした。その時に預言者ゼカリヤが立てられて、神によってゼルバベルに励ましの言葉として今日の聖句が語られました。それは、政治的な権力によらず、軍隊の能力によらず、わたし(神)の霊によるのだというのです。この神からの励ましを受けて4年後に第二神殿が完成します。私たちクリスチャンはどうあるべきかというと、聖霊の通りよき管になれるかということです。そのために私たちは絶えず聖霊の油を受けなければなりません。「天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます(ルカ11:13)」。神に聖霊を求めて行きましょう。
文責:川村 則之